『方丈記私記』

堀田善衛方丈記私記』(ちくま文庫、224ページ)

「この時代の兼実の玉葉日記、定家の明月記に、もっとも情熱を込めて書かれてあることは、世の移り変わりでも何でもありはしない。それは宮廷の、儀式、典礼、衣装、先例、故実、行列の順番、席次など、まとめて言って有職故実であり、それらの事を事細かに書かれた日記は、実は子孫に伝える大切な財産でもあった。子孫は、この日記に記された先例、故実の知識をふりまわして威張り、かつ飯のタネにすることが出来る。定家は三月に冬の衣装を着て休憩へ上がってきてクビになった苦行のことをしるしていた。」

(同上、236ページ)

「私には、この時代について、およびこの時代の「世」について考えるとき、二人の、二つの極に立つ人の姿が見えている。長明が一方の極にある人として、さらにもう一方の極にある人としては身みずから罰せられて「世」に出て衆生救済そのものと化した人としての親鸞が見えている。」